時の流れの恐怖と気づき

2025年01月13日

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少子高齢化、過疎、財政難と、地方収縮の話題を目にする機会は多くありますが、
実際に現地に住んでいないとその影響を体感する事はありません。


私の田舎は衰退し始めてから久しく、特に今回の帰省ではその影響から
今後について考えを強く巡らせる機会となりました。


老齢の親族では生命的に影響があるような兆候が出てきたり、
友人では実家畳みとなり戻るにも戻れない。
久方ぶりに地元の神社へ初詣に向かいましたが、住んでいた当時よりも人の並びもありませんでした。


自身の体の調子の悪いところや、体力回復の遅さなどを実感するようになってきた影響もあるのでしょう。
保険業に関わっていた時に、相続や墓守、万一の時にどうすればよいかなどは意識するようになりましたが、
周囲からもたらされる情報にもゾッとする思いがしました。


その時は必ず訪れると頭ではわかっていても、出来ればこのままでありたいと思うのが正直なところですね。
どれだけ準備をしても、その時訪れる衝撃には耐えられるか分かりません。
人と関わって生きている以上、悔いのない生き方は出来ないんだから、と割り切った方が楽かもしれませんね。


そして帰省前後の道中通った町では、玄関先に雪が積もり、人の出入りを感じない家もポツポツとあり、
今の自分を同じような境遇が、そこにはあったのではなかろうか。
十数年先にはこうなるのかと想像し、うすら寒い思いを連れ帰ってしまったのでした。


前向きな未来を描く事は豊かな人生には大切ですが、
その時削げ落ちてしまっている事も確実にあるはずです。


これからの人生設計には、心に穴が開く瞬間にどう対処するのかを備える事も必要だと、
そんな学習をした年末年始でした。